山谷でホスピスやってます。

山本雅基
じっぴコンパクト新書

自分の力の限界を率直に認めると、足りないところが見えてくる。そこを専門家の力を借りて補っていけばいい。

ことばが持つ力は、ぼくたちの未来を明るい場所に導いてくれる。

ここにくるひとたちは、みな一度は負けたことのあるひと、生きることが不器用なひと。ここには、悲しむひと、苦しむひと、痛みのなかにいるひと、嘆くひとのなんと大勢いることか。
この場所にホスピスを建てることにこそ意義がある。

ぼくは死んでいく場所を提供したいのではなく、生きる場として使ってほしいのだ。生きて、最後の一瞬まで生きて生きて、生きることはいいなあと感じとってから、次のステージともいうべき死に臨んでほしい。

ひとは途方に暮れると、物事はなるようにしかならないということを悟って、笑うようにできている。

ひとは生きてきたように死ぬ。まるで、自分の生き方をなぞるように死んでいくような気がする。


山谷に自力でホスピスを建てた山本氏の記録。ホスピスを建てるまでの山本さんの道のりも苦しみの多いものだったと思うが、自分の夢が叶った後の、ホスピス運営の日々もまた当然平坦ではない。人のためによかれと行ったことが、相手に誤解されたり、無視されたり、送り手の思いとは違う受け止め方をされ、感謝されるどころか無視されたり言葉を荒げられたりする。人と人とが関係を持つときの、一番重たくて面倒でやっかいな部分が濃縮されて目の前に毎日のように突き付けられる。うつになったり倒れたりするのもよくわかる。山本さんは自分を社会に適合しにくい弱さを持った人間のようにとらえられているようだが、よほどの「強さ」がなければ、こんな日々は続けられまい。

それにしても、「きぼうのいえ」での死に方が本当に理想的なそれのように思えてしまってならない。自分の人生と、そこで出会った人々に愛と感謝の念を抱きながら、誰かに看取られながら、すべてを肯定しながら、死んでいく。「きぼうのいえ」でなくても、そんな死に方が普通にできれば、幸せなのかもしれない。

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